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広島地方裁判所 昭和48年(行ウ)11号 判決

原告 坂本博文

右訴訟代理人弁護士 阿左美信義

同 相良勝美

同 服部融憲

同 緒方俊平

同 島方時夫

被告 廿日市町消防長事務取扱 廿日市町長 一郷喜代三

右訴訟代理人弁護士 角田好男

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求原因

1、被告が原告に対してなした昭和四七年一〇月二八日付戒告処分は無効であることを確認する。

2、訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

1、本案前の申立

(1) 原告の訴を却下する

(2) 訴訟費用は原告の負担とする。

2、請求の趣旨に対する答弁

(1) 原告の請求を棄却する。

(2) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

(原告)

一、請求原因

1、原告は広島県佐伯郡廿日市町消防署職員として同町消防署に勤務する者であり、被告は原告の任命権者である。

2、被告は右消防署の職員である訴外塔野省三が同僚中山光夫とともに昭和四七年一〇月二五日佐伯郡五日市町旭園の国道二号線上において酩酊運転のうえタクシーに追突し同車の運転手及び乗客に傷害を負わせながら、負傷者を放置して逃走した事故(以下本件事故という)を発生した件につき同月二八日に二五日付で原告に対し地方公務員法第二九条第一項を理由として戒告処分をなした(以下本件処分という)。

3、しかしながら本件処分は左記の理由により無効である。

(1) 懲戒処分は地方公務員の義務違反に対して、その使用者である地方公共団体が地方公務員法上の秩序を維持するため使用者として行う制裁である。したがって、原告の地方公務員法上の義務違反の存在を前提とするが、原告には右義務違反がない。

(一) すなわち本件交通事故は訴外塔野の私生活に関して生じたもので公務とは無関係である。

(二) 右塔野および中山は、原告の指揮監督を受けるべき職員ではない。廿日市町消防署の組織に関する規程第七条第三項によれば「係長は上司の命を受け、所掌事務を掌理し、所属職員を指揮監督する」と規定しているが当時原告は庶務係長であり塔野は警防係員、中山は予防係員であり、庶務係に属する職員ではなかった。したがって被告の原告に対する戒告処分は地方公務員法第二九条の適用を誤り重大かつ明白な瑕疵があるから無効というべく本訴請求に及ぶ。

二、本案前の抗弁に対する反論

1、本案前の抗弁1は否認する。

2、同2は争う。地方公務員法第五一条の二の規定は取消訴訟を提起する場合に適用されるものであり本訴の無効確認を求める訴訟には拘わらない。

3、同3につき、原告が本件処分を知ったのが昭和四七年一〇月二八日であり、本訴の提起が昭和四八年五月一四日であることは認める。その余は争う。

(被告)

一、本案前の抗弁

1、本件処分は、原告がその処分の伺書を起案したものであって原告自身本件処分を受けることをあらかじめ自発的に容認していたものであるから原告の意に反せず地方公務員法第四九条の二第一項に基く異議の申立や行政訴訟の提起により不服申立をなす権利を放棄したものであり又信義則上も許されないものである。

2、本件懲戒処分は地方公務員法第二九条第一項第二号の職務を怠った場合に該当するものとしてなした処分であるから、その不服申立については同法第四九条の二第一項、第四九条の三、第五一条の二に則って行政不服審査法による不服申立手続をなすべきものであるのに、原告はこの申立手続をなしていないから本訴提起は不適法である。

3、また本件懲戒処分に対する不服の訴訟をなしうるとしても行政事件訴訟法第八条以下に規定する取消訴訟によるべきものであり同法第一四条に基く出訴期間の制限があるから原告が本件懲戒処分通知を受けとったのは昭和四七年一〇月二八日であること、本訴の提起が昭和四八年五月一四日であることに徴すると本訴提起は出訴期間経過後なされた不適法なものである。

二、請求原因に対する認否並びに被告の主張

(一) 請求原因1、2を認め3を争う。

(二) 原告は、廿日市消防署の消防司令補として消防署長(司令)につぐ階級にあり、また庶務係長として、その分掌事務のうちには署員の服務、教養に関する事項が含まれている。

原告は、前記塔野、中山らに対し平素から国民の生命・身体・財産を保護する消防士としての職責を自覚するよう指揮監督すべき職務を負いながら右職務を怠っていたため右両名が飲酒酩酊のうえ自動車を運転し、タクシーに追突し、しかも負傷者を放置して逃走する等消防士にあるまじき行為をしたものである。

したがって、原告の職務と右両名の非行とが無関係ということはできず、被告は地方公務員法第二九条第一項第二号の職務を怠った場合に該当し懲戒処分に価する。

なお、被告は本件事故について塔野、中山両名を諭旨免職としたが、関係する上司の責任については原告だけではなく他の者に対してもその監督責任の程度に応じて左記のような処分をしている。

(一) 被告 減給(減給額一〇分の一期間一ヵ月)

(二) 消防署長(階級司令)右同

(三) 塔野、中山の直属係長両名(階級士長) 訓告

第三、証拠関係≪省略≫

理由

一、まず本案前の抗弁について判断する。

1、抗弁1について

(一)  ≪証拠省略≫を総合するとつぎの事実が認められる。

すなわち本件事故後事態の重大性を認めた被告は昭和四七年一〇月二八日中山、塔野両名に対して諭旨免職、被告自身並びに消防署長に対して減給一ヵ月一〇分の一、庶務係長である原告に対して戒告、署の第二小隊長浅倉同第二小隊救急隊分隊長木谷に対して訓告の各処分を実施することとしてその旨橋詰消防署長に内示し、署長は原告に命じて右各処分の伺書を起案浄書させたこと、原告は昭和二九年県立廿日市高等学校を卒業し同三四年五月から廿日市消防署に勤務し同四〇年四月から消防司令補庶務係長の地位に在るものであるが前記中山、塔野に対し直属上司ではないと思うので自分が処分を受けることについて疑念を抱いたが、署長が警察では原告のような地位にある者に対しても処分がなされた例があるということなので強いて反対できず本件処分を受けることについて一応納得したこと、しかしその後このようなケースにおいて原告の立場で懲戒処分を受けなければならないかを機会あるごとに調査していたが昭和四八年四月の定期昇給が三ヵ月延伸し、その原因が本件処分にあることを知って不満がつのり、本訴に及んだ。

以上の事実が認められこれに反する証拠はない。

右認定事実によれば、本件処分は原告自身が起按し浄書したものであるが署長に命ぜられやむなくしたのであって必ずしも本件処分を受けることが原告の意思に基くものとは認め難く原告の地位立場を考慮すると上司の右決定に従わざるをえなかったものと認められるからこのことを以て原告が本件処分に対する不服申立の権利を放棄したと認めることはできず、又信義則上出訴できないものと解するのは相当でない。

2  本案前の抗弁23について

原告が行政不服審査法による不服申立手続をとっていないことは弁論の全趣旨に徴してこれを認めうるし、本件処分の内容を知った日が昭和四七年一〇月二八日であり本訴提起が昭和四八年五月一四日であることは当事者間に争いがなく、本件処分に対する取消訴訟の出訴期間を徒過していることが明らかである。

しかしながら原告は本訴において本件処分に重大かつ明白な瑕疵の存することを主張してその無効確認を求めているものであっておよそ行政処分に無効原因が存する場合にはいわゆる行政処分の公定力が存しないものと解すべきであるから、これが救済を求めるため出訴期間の制限を受けるものと解するのは相当でなく地方公務員法第五一条の二も取消訴訟についてのみ審査請求又は異議申立てに対する、人事委員会又は公平委員会の裁決又は決定を経ることを要する旨明定しているのであるから原告の本訴提起が訴訟要件を欠く不適法なものであるとの被告の主張は理由がない。

したがって被告の本案前の抗弁はすべて失当である。

二、すすんで原告の主張について判断する。

請求原因12の事実は当事者間に争いがなく≪証拠省略≫を徴すると右事故の詳細はつぎのように認められる。消防士塔野は非番日の昭和四七年一〇月二四日午後六時三〇分頃最近買受けた自家用車の試運転を兼ねて、同僚中山光夫を助手席に同乗させて広島市内にドライブし、市内スタンドバーでビール一〇本位を飲酒し、午後一一時頃帰途についたが、翌二五日午前〇時四〇分頃、前記五日市の国道上を運転中、前方に停車していた賀谷加大運転のタクシーを発見しながらこれを回避しえず追突し右運転手及び乗客正木豪に対し、それぞれ全治一四日間を要する傷害を与え、しかも救護義務をつくすことなく負傷者を現場に放置して逃走したものである。

右認定事実によれば塔野消防士の非行は公務外私生活上のものであることが明らかであるが、地方公務員であり特に消防が警察と共に国民の生命身体財産を保護すべき重要な職責を有すること、従って廿日市消防職員服務規程には職員が公務外の外泊外出のときも行先所要時間を事前に明らかにしておかなければならない旨、退庁後と雖も庁舎及び附近に火災が発生したときはすみやかに登庁して、消火作業及び警護に務めなければならない旨を各規定し、廿日市町消防職員勤務心得が過度の飲酒をいましめ、非番日又は休暇中でも消防上注意を要する事項を発見したときは上司に報告義務を課していることに鑑みれば、塔野消防士の右非行は地方公務員法第二九条第一項第三号にいう全体の奉仕者たるにふさわしくない非行に該当するものと認められ被告が塔野を諭旨免職としたことは首肯することができる。

そして被告は、原告が塔野消防士の上司であるとし、同人に対して日常指揮監督をなすべき職務を怠ったため、塔野消防士の右非行を惹起するに至ったものとして、原告に対し地方公務員法第二九条第一項第二号の職務を怠った場合に該当することを理由とした本件処分をなしたものであるところ、原告が仮りに右塔野消防士の勤務上の上司であるとしても、塔野の非行が前認定のごとく純然たる公務外私生活上においてなしたものである以上、原告が自ら良心に基き道義的な責任を負担することは別として、法律的に指揮監督の責任を負担することはありえない。地方公務員法第三二条、廿日市消防職員勤務心得においてそれぞれ職員が上司の職務上の命令に忠実に従うべきことを規定しており反面上司が職務上、部下に対し指揮監督義務を負うものと解することができるが公務を離れた私生活の面において右上命下服指揮監督の関係を規律する法理的な根拠は存しない。

しかも原告が厳密な意味において塔野の上司といえるか否かについて、≪証拠省略≫によれば、原告は本件処分を受けた当時、廿日市消防署の消防司令補として庶務係長の地位にあり、署員の配置、進退賞罰その他身分に関すること、署員の服務教養に関すること等の事務を分掌していたが塔野は第二小隊救急分隊に属し(小隊長は浅倉光昭、分隊長は木谷勉である)救急車の運転にたずさわっておりかつ警防係を兼ねていた(警防係長は浅倉光昭である)ものであって、職制と両者の地位関係を考慮すると原告が塔野の上司にあたるものとは認められず、又原告が署員の服務教養に関することを分掌事務としていてもこの内容は職員の資質の向上に資する諸施策を庶務的に取扱うものと認められこのことから塔野ら署員の各具体的な職務に対し指揮監督権を及ぼし又義務を負担するものとは認められない。又原告は消防司令補として階級が署長に次ぐ地位に在るけれども署全体を統轄する署長代行者とも認められないからこの立場に基く指揮監督権を有するものともいえない。そうすると本件処分は塔野の非行につき上司にあたらず如何なる意味においても指揮監督の責任を負担しない原告に対し懲戒としてなされたものであって違法な行政処分といわねばならない。従って本件処分は当然取り消しうべき行政処分ということができるが、本訴は取消訴訟の出訴期間を経過したのち本件処分に無効事由が存するとしてその確認を求めるものであるところ、行政処分が無効というがためにはその行政行為に存する瑕疵が重大でありかつその存在が外観上明白な場合であることを要する(最高裁判所昭和三七年七月五日判決参照)。そこで本件処分は前記のとおり懲戒事由なくしてなされたものであるからその瑕疵は重大なものということができるが、更に外観上明白な場合、すなわち処分関係人の知、不知に拘わらず又権限ある国家機関の判断をまつまでもなく何人の判断によっても無効であることが明らかといえるか否かについて更に検討するに、本件事故の内容は前記のごとく国民の生命身体を保護すべき立場にある消防職員が酩酊運転の結果過失により被害者を負傷させたうえ救護しないで逃走したもので新聞紙上に大きく報道され廿日市消防署として社会的非難を甘受せざるをえなかったもので同署内における服務規律の弛緩という面から署員の服務教養に関することを分掌事務とする原告が上司から責任を指摘された場合やむをえないと一応納得したことも無理からぬ事情があったとうかがうことができ、その故に本件処分発令に関し原告自ら処分伺書を起按浄書したものと認められる。

しかも消防署員は前記のごとく非番日休暇中と雖も職責を課せられることがあり殊に塔野が救急車の運転を職務としていたから塔野の本件非行が職務との関連性をもつように考えられたことも一概に非常識とのそしりを受けるべきものとも断じ難い。右の事情を考慮すると原告に対する本件処分は重大な瑕疵が存すると認められるけれどもその瑕疵が外観上明白なものと認めるに足りずかかる違法な行政処分に対する救済は不服申立期間及び出訴期間の制約があるけれども行政不服審査手続及び取消訴訟によってなされるべきものでありかく解しても原告に不当な不利益を課すものとは認め難い。

三、よって原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田辺博介 裁判官 平湯真人 海老根遼太郎)

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